| その昔、時計といえばアメリカだった 驚きましたよ、佐藤さん。ウワサには聞いてたけど、本当に普通の一軒家じゃないですか……それも道が入り組ん でて、看板がなかったらたどり着けませんよ! 佐藤 でも地元の人はよう知ってられますよ。駅前のタクシーに「さとう時計店と言えば一発で案内してくれる。 まあ、ここまでユニークで味のある時計師さんも珍しいから(笑)。佐藤 時計の世界では当たり前ですよ昔はスイスの屋 根裏でイチから時計を作ってたくらいですし。キヤピノチェですね。でも日本じゃいない。ましてや佐藤さんみたいに実際に からくり時計を作ってる人は。佐藤 実はもう打ち止めにしようと思ってるんです。置く場所がなくなったし(笑)、インターネ ットで仕事を受け始めてから忙しくなっちゃって。1つ作るのに3〜4か月もかかる物をやってられない。そもそもからくり時計 は修理仕事のPRのためでしたしね。 今どき仕事が増えるなんて凄いどういう時計が入ってくるんですか? |
![]() たかが時計されど時計・・・気鋭のジャーナリスト 小沢・コージが全国の熱すぎる時計師&フリークと 繰り広げる本当に熱い時計談義の第3弾目!!
第3回 時計修理師 佐藤昌三さん SHOZO・SATO 老兵は死なず・・・ 生涯現役のCMW
時計と言えばスイスの機械式と思い込んでいるアナタにぜひ紹介したい人物がいる。 |
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| 佐藤 6〜7割が骨董の懐中時計。懐中時計はアメリカ物が多くて、しかも今の腕時計みたいに衝撃吸収装置が入ってないか ら、天真が折れてしまってる場合が多いんです。 というと自作天真? 佐藤 はい。そもそも懐中時計の歴史は古く、カギ巻きタイプは1600年代のイギリス製から始まってるんです▲その後、1800年 代にアメリカのウオルサムなんかが大量生産化に成功した。いわゆるオートメーションです。 なんだ。時計界もクT型フォード≠作ったのはアメリカだったのか! 佐藤 その通り。懐中時計は1861年の南北戦争を機会にばっと生産量が増え、ウオルサムや工ルジン、ハミルトンなどの 米メーカーが全世界に進出する。比べるとスイスの時計産業が盛んになったのは1850年頃からで(一部有名メーカーは除 く)最初は品質があまり良くなくてアメリカ製の時計に比べて生産量も少なく、安かった。そもそもウオルサムは元々アメリカ 資本だったのをスイスが買い取ったんです。 まさに歴史は繰り返す! スイスでも今の日本の自動車メーカーみたいな立場だったんですね。 |
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佐藤 特にアメリカ物は鉄道用として重用されてて、当時の日差10〜15秒は驚異的。日本の国鉄も昭和10年代にセ |
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![]() 今ではネットを通じて入ってくる時計修理。6〜7割が懐中時計。20代のマニア男性が直接持ち込むことも多いとか。 佐藤さんを有名にした「からくり時計」。1970年の「さかさ時計」から始め、既に30作。最初はPRのためだったが、そのうちハマった。 |
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分取り付けており、その両先端は耐震軸受けと接触している。 |
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