2009年3月6日(金曜日)の日本経済新聞に「尾道学研究会」の天野安治氏の投稿が載りました

尾道には尾道の風景をあしらった絵はがきがどういう訳か、たいへんたくさんあります。 幼少の頃、見た記憶もあります。そんななか、友人であり先輩でもある、時計修理職人 佐藤昌三さんが蒐集されていると言うので、蒐集されている絵はがきの中から、尾道にまつわる絵はがきを借りてきました。
 


尾道関係の古書・文献

この古本の表紙。

「備後尾道名所案内記」
と、書いてある

これは山波の州で潮干狩りをしている図と思われるが
そうなると背景の岩と、寺はどこになるのか??

追記。
その後の調査で、この当時は尾道水道で潮干狩りや
水泳ができていたという話を入手。

住吉浜 今の商工会議所あたりの砂浜と思われる。


画像をクリックすると
それぞれの簡単な解説が出てきます。

見開きの1ページ目の
尾道の風景

表が「大阪門司間海上里程及乗客賃金表」と言う事で

凡例として
表中右ニ記スル分ハ里程ソノ左ニ記スル分ハ
下等運賃ヲ掲載ス但里程ハ二里運賃ハ銭位
ニ止ム中等運賃ハ下等ノ五割ヲ揀Vト等ハ
中等ノ五割増ヲ揀X又別室上等ハ中等ノ一倍
トス

神戸から尾道港までが114海里あり、運賃が85銭
発着時刻が全く書いてないのがおもしろい。

 

 

裏は「京都廣島間汽車発着時刻並ニ賃金表」
となっており、つまり列車時刻表
尾道発が6便あり、京都までの運賃が2円17銭

かかる時間に驚く
尾道から岡山までが3時間。
姫路までが7時間
神戸までが10時間
京都まで12時間

下は新居浜・西条・今治フェリー

この当時は機帆船のはずで石炭で蒸気を沸かせて
動力としていたと思われる。

当然ながら、蒸気機関車でこの鉄道のおかげで
尾道のお寺は、分断された。

まだ国道2号線は通っていないようです。

右に見えるのが浄土寺

直線の道路のような物は鉄道

単線と言うことと、まだサラッピンで
すす汚れていないので工事中かも知れない。と言う事は明治25年(1892年)
少し前なのかも知れない。

乾板写真と見比べると・・・よくわからないですね。

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